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名古屋家庭裁判所 平成元年(少)2412号 決定

少年 M・Y(昭44.9.19生)

主文

この事件を名古屋地方検察庁検察官に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

第1  少年は平成元年3月21日ころA子(当時20歳)と知り合い、しばらくして同女からB(当時23歳)という夫があることを打ち明けられたものの、同人は他に女ができてA子に離婚を求めており、同女も離婚するつもりである旨の同女の言を信じ、同女と結婚することを夢見て交際を続けていた。ところが平成元年4月19日少年の留守中に、Bが、少年宅からA子を連れ戻したことを知って立腹し、Bに対しA子と離別するよう求めるべく、同月20日午前零時20分ころ、名古屋市緑区○○町×丁目××番地所在の○○第一住宅××号室のB方前通路に至り、ブザーを押すなどして同人に面会を求めた。しかし同人はこれに応じなかったのみならず、A子までもが、少年と顔をあわせながら、ガラス窓を閉めるなどしてとりあわなかった。

1  そこで少年は激怒のあまり、とっさに同住宅南側のベランダからB方に侵入して同人を殺害しようと考え、前同日午後零時30分ころ、前記××号室と誤認して前記住宅△△号室に侵入し、就寝中気配に目覚めて布団の上に立上ったC(当時25年)をBと思い込み、持ちあわせていた骨スキ包丁(刄体の長さ14.6cm)をもって、前記Cの胸部を1回突き刺し、右胸部刺創の傷害を負わせ、よって、そのころ同所において、同人を肺損傷による失血のため死亡させて殺害した。

2  少年は間もなく、相手を誤認して無関係の第三者を刺したことに気づいたが、そのような間違いを犯したのも、Bが面会要求に応じてくれなかったからであると思い、同人に対する怒りが募るあまり当初にもまして同人を殺害しようとする決意をかため、前同日午前零時33分ころ前記××号室に侵入し、同室から同住宅2階通路へと逃げ出していたBを追いかけ、右通路上において、同人の腹部を前記骨スキ包丁で1回突き刺したが、同人が逃走したため同人に対し、加療40日間以上を要する腹部刺創、右第九、第十肋骨断裂、肝刺創の傷害を負わせたのみで、殺害の目的を遂げなかった。

第2  少年は、正当な理由がある場合でないのに、前記第1の1、2の日時場所において、前記骨スキ包丁一丁を携帯した。

第3  少年は、少年が前記第1の2の犯行を遂行するのを、D(当時24年)が妨げようとしたことなどに憤激し、前同日午前零時35分ころ、前記住宅2階通路において、同人に対しその顔面を数回殴打するなどの暴行を加え、よって同人に加療約5日間を要する顔面打撲の傷害を負わせた。

(法令の適用)

第1の1の事実につき 刑法199条

第1の2の事実につき 刑法203条、199条

第2の事実につき 銃砲刀剣類所持等取締法32条3号、22条

第3の事実につき 刑法204条

(本件を検察官に送致する理由)

少年は、自己中心的(視野が狭く、物事が思うように運ばないと、自分の立場ばかりを優先させやすく、他への思いやりや配慮を欠きやすい)、感情統制が未熟で衝動的、即行的(判断力や洞察力を欠き、その場の成りゆきや思いつきのままに行動しやすい)、強い攻撃性等の性格特性を有しており、本件犯行も基本的には少年のこのような性格に由来するところが大きい。もっともBと少年との間を揺れ動くA子の優柔不断な態度が、少年の心を混乱させて、前記性格を顕在化させ、さらに犯行前に少年から相談を受けた雇主が、少年に対しA子の夫と直接話し合うことを勧めたばかりか、包丁まで手渡すという軽率な対応をしたことが、少年の前記性格を触発し、本件犯行を促す結果になったことは否めない。加えて少年は犯行直後に自首し、また当審判廷における供述や態度からも本件犯行を悔い、反省していることが認められる。少年には、強制わいせつ、暴力行為等処罰に関する法律違反の非行歴があるが、これに対して当庁において昭和63年2月4日保護観察の処分がなされているものの、これまでに施設に収容されて本格的な矯正教育を受けたことはない。これらの事情に照らすと、少年に対しては少年院に収容し、強力な指導を行って、前記性格を改善し、その更生をはかることも1つの試みとして考えられないではない。

しかしながら、少年は犯行時既に19歳7か月に達しており、本件犯行によって侵害された法益は極めて重大で、かつ与えた社会的影響も深刻である。少年審判の究極の目標は、少年の健全育成にあるが、司法制度の1つとして刑事政策の一翼を担うものである以上、社会、公共の安全の維持をも目的とすることを無視することはできない。この観点から本件事案をみるときには、少年に対し、刑事責任を問い、その罪責を明らかにするのもやむを得ないものと認められる。

よって、少年法23条1項、20条により主文のとおり決定する。

(裁判官 大濱恵弘)

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